「慰霊の日」を覚えて平和を祈るときを持ちました
【掲載日】2025-06-26
6月23日「慰霊の日」を迎えるにあたり、学生、教職員一同で平和を祈る時を持ちました。
沖縄戦で犠牲になった方々の尊い命を覚え、許伯基先生によるお祈り、聖書朗読が全館放送で行われました。
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2025年6月20日 学内放送全文
「平和を祈るとき」祈祷文
許伯基
おはようございます。宗教部長代行の許伯基です。
本学では毎年、慰霊の日の直前に、「平和を祈るとき」と題して、短い祈りの時を持っています。今年も、沖縄戦の犠牲となった方々を覚えつつ、また今、世界各地で起きている戦争と虐殺が一刻も早く中断されることを願って、共に祈りを合わせましょう。
今からちょうど80年前の4月1日から約3か月間、沖縄の島々で約25万人の方々の尊い命が奪われ、その4割は高齢者、女性、そして子どもたちでした。中には、軍の命令と間違った教育によって、自分の手で愛する家族の命を奪ってしまった人々もいます。
この沖縄キリスト教学院は、言葉に尽くせぬ悲惨な戦争体験をされた人々の祈りの中から、平和を作り出す人材の輩出を願って生まれた学校です。戦争をしない、させないという「非戦の思想」を、この大学で学び、教え、働く私たちが受け継ぎ、広めていく使命を負っているこということを、もう一度この朝に心に刻みましょう。
聖書を一節お読みします。旧約聖書「イザヤ書」2章4節です。
主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼らは剣(つるぎ)を打ち直して鋤(すき)とし/槍(やり)を打ち直して鎌(かま)とする。
国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。
お祈りいたします。
命を創られ、愛し育まれる神さま
この島で、戦争によって多くの命が奪われたあの夏から、80年が経ちました。
あの戦争がなければ、この地で豊かに花開くはずだったそれぞれの人生が奪われた悲しみと痛みは、80年の時を経てもまだ、癒されることはありません。
主よ、今も苦しみの中にある遺族のひとりひとりを、慰めてください。
あの地上戦を引き起こした人々の愚かな決断を、省みて悔いることを、この国の人々が決してやめることがありませんように、導いてください。
主よ、愚かな人間は、いまだに戦争をやめることを知りません。
今この瞬間にも、ウクライナで、ロシアで、ガザで、イスラエルで、イランで、ミャンマーで、多くの命が奪われています。どうぞ主よ、愚かな為政者たちに悔い改める心を与え、人の命の重さを深く悟らせてください。世界中の人々に、敵ではなく争いを憎む心を与えてください。
イザヤの預言のように、国々が戦うことを学ばない日が、一日も早く訪れますように。その実現のために、私たちひとりひとりをどうぞお使いください。
この祈りを、平和の君、主イエス・キリストのみ名によってお祈りします。
アーメン
【お問い合わせ先】沖縄キリスト教学院 宗教部